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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1703号 判決 1976年4月21日

控訴人

日本道路公団

右代表者総裁

前田光嘉

右代理人

本田正彦

右訴訟代理人

片山平吉

被控訴人

保坂梅次郎

被控訴人

保坂きわ

被控訴人

保坂清

右三名訴訟代理人

石田享

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が東名高速道路の管理者であることは、当事者間に争いがない。

二<証拠>によれば、被控訴人清が昭和四八年二対一七日小型乗用車(浜松五な六五五五)に被控訴人梅次郎(父)同きわ(母)を同乗させ、これを運転して東名高速道を走り、同日午前八時三五分頃磐田原パーキングエリヤ附近(東京基点223.4キロポスト附近)の下り追越車線を時速約一〇〇キロメートルで進行中、中央分離帯の鉄柵の穴を出て道路を右から左に走つて横断する人間を前方約五〇メートル(スリツプ痕から逆算した)の地点で発見したこと、衝突を避けるため咄嗟に急ブレーキをかけたこと、車が約三〇メートルスリツプし、右方に浮上し中央分離帯に乗り上げ鉄柵に衝突し、さらに走行車線上に転覆したこと、このため被控訴人梅次郎同きわが負傷し、車が大破したこと、右中央分離帯の中央に立入防止柵があること、右横断者が飛び出した地点の立入防止柵の金網が直径約1.2メートル大に円形に切り取られていたこと、切り取りに用いられた工具類は遺留されていなかつたこと、右横断者はいわゆるキセル乗りであるとみられることが認められる。

三控訴人は、「中央分離帯にいた人間は分離帯に立ちどまつていただけであり、また、進路にとび出したとしても安全に横断できると思ていたのであろうから、被控訴人清は急ブレーキをかける必要はなかつた筈である。」と主張するが、右主張を認めるべき証拠はなく、かえつて、<証拠>によれば、横断者が急に進路上に飛び出して横断したこと、被控訴人清は轢いてしまつたと思うほどであつたことが認められ、また、右横断者はいわゆるキセル乗りであるとみなされ、キセル乗りは不正に通行券を交換するものであつて、人目をはゞかる所為であるから、本件道路の横断も人の目につかないようすみやかに行う必要があり、したがつて、中央分離帯から下り車線を横断する際、分離帯に佇立して、車輛の通行状態を観察し安全を見定めて走り出すという精神的ならびに時間的余裕はなく、とり急いで飛び出したとみるのが相当である。

右主張は理由がない。

四控訴人は「中央分離帯の金網に穴があつて、それが道路のかしであるとしても、そのかしと事故との間には、道路を横断するという第三者の行為が介在するから因果関係はない。」と主張する。

<証拠>によれば、東名高速道は全体にわたり外部から人間や動物が道路内に立入らないように立入防止柵を設けていること、東名高速道において通行券を不正に交換するいわゆるキセル乗りがときどき行われていること、この者が通行券を交換するため、道路を横断すること、本件事故現場にはキセル乗りを防止するため中央分離帯に高さ2.1メートルの金網の柵を約五三〇メートル張つていること、この金網の針金の直径は3.2ミリメートルの亜鉛メツキ製であり、普通のペンキで切ることは容易でないこと、キセル乗りは金網を乗り越えたり または、金網を切つて穴をあけて通り抜けたりすること、しかし、高さが2.1メートルあるので乗り越えることは必ずしも容易でないこと、また、針金が太いのでこれを切つて穴をあけるには相当な工具が必要であること、また、道路は一日一〇回巡回を行い、車道に人がおれば立ち退かせ、路面に損傷があれば、道路維持事務所に連絡すること、金網に損傷があれば、連絡を受けてから三〇分ないし一時間のうちに修理に行くこと、たゞし、夜間に発生したときは翌朝連絡を受けることにしていること、朝は八時五〇分から通報を受けることになつていること、このほか控訴人が関係機関と協力して臨時にキセル乗りを行つていること、本件の金網の穴については控訴人は本件事故いることん本件の金網の穴については控訴人は本件事故発生まで連絡を受けていなかつたことが認められる。

右認定の事実と前段認定の事実に弁論の全趣旨を総合すれば、本件金網の穴はキセル乗りが前夜に切り取つたものであり、横断者はこの穴を知つていたと推察される。

さて、キセル乗りは通行券の不正交換によつて通行料の支払を免脱するものであつて、その利得の金額も過大なものではないから、これを防止するための中央分離帯に設ける防止柵も通常人なら、上下車線の間を横断することを断念する程度の構造を備えておれば、施設として十分であるといわなければならない。けだし、この施設をしてもなおキセル乗りを敢行するものは、特別に人の目をくゞり施設を破壊して僅少な利益の獲得に興味を有するたぐいの人間であつて、かゝる種類の人間を完全に防止するために堅固な柵をつくると車輛が接触した場合事故が発生するので不適当であることは、<証拠>により認められるところである。

控訴人は巡回や立入防止柵によつてキセル乗りを防止しており、本件中央分離帯の立入防止柵も、高さ、強度において通常十分に立入防止の機能を発揮しているといわねばならず、したがつて、本件金網に穴があけられたからといつて管理ないし施設に欠陥があるということはできない。

そうだとすれば、本件金網の穴がつくられたことは、控訴人の管理の欠陥によるものではなく、キセルの不法な所為によるものであつて、控訴人にはその責任がなく、したがつて、この穴をキセル乗りが通り抜けて道路を横断して事故が起きても控訴人がその損害を賠償する筋合ではない。

右主張は結局理由がある。

五以上のとおりであるから、本件事故の発生につき控訴人には責任がなく、したがつて、被控訴人らの請求はすべて失当である。

よつて、本件控訴は理由があるので、控訴人の敗訴部分を取り消し、民事訴訟法第九六条第八九条第九三条により主文のとおり判決する。

(渡辺一雄 田畑常彦 宍戸清七)

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